~It all started from here~
ようこそ万葉色役術の世界へ
Introduction
はじめに
 人生の道すがら、疲れた体を癒そうと古びた長椅子にひとたび腰を下ろせば、誰でもぼんやり考えてしまうこと・・・
 私とは何者であり、どこへ向かって自らの道を歩けば良いのか?
 言い換えるなら、私は何のために生きているのか?
 あるいは、どうすれば幸せになれるのか?
 近ごろでは、どうすれば成功し、どうすればお金が稼げるのか?
 誰にでも進むべき大道があった、戦後から続く画一化した価値観に麻痺したまま、自らの理想像を描くことができない人々に対し、万葉色役術は人生における選択の余地を与え直す道具として作られており、使い方を指南する独自の方法論を同時に携えています。
 その冒頭部分の触りを少しだけ紹介しておきましょう。
教義の触り
 私たちの生きている世界において、熱力学第3法則(ネルンストの熱定理=絶対零度には到達できない)を公理として与するならば、下記のような論理の起点となる初期命題を提示することができます。 ...《表★》
動くことを考えるための初期命題
It all started from here.
前 提
私たちの生きている世界のすべての何かは動いている

事 実
何かが動けばその動きに伴う某かの現象が起きる

結 論
何が起こるかは何かがどう動くかによって決定される

 単純に考えてみても、時間(現在・過去・未来)と空間(前後・左右・上下)から派生するあらゆる要因(明暗・寒暖・遅速 etc...)のすべてが、何かの動きによって変化していることに改めて気が付かされます。
 すると、多少複雑にはなるものの、私たち人間の喜怒哀楽を含む人生の重要な論点(自由・正義・愛・幸せ・希望 etc...)も、何かが動くことで生起し、そして、変化しているのではないか?... との予見が一段と蓋然性を帯びてくるのです。
 あらゆる動きの構造を解明することができたなら、制御の可能な範囲に限られるとしても、その中に生きる私たち人間は、須らく最善の選択肢を探し始めるに違いありません。
 然らば、私が自分らしく幸せに生きるために、いつ、どこで、どのように動けば良いのか?... との答も自ずと導かれるはずです。
 そんな期待から一連の思考が始まり、最終的に、すべての問いに答えることのできる教義を成立させるに至ったのです。
 ここから先は、序章から始まる本編に譲ることにして、ウェブサイト作成に至るまでの経緯を一先ず述べておきましょう。
ある日の出来事
 2016年 〜 小さなストーブの灯りが店の一隅に残っていた啓蟄の頃、本部鑑定所に私を訪ねて一人の女性が来店されました。
 彼女曰く「他所で見てもらったのですが、先生がここにいらっしゃると伺いちょっと尋ねたいこともありまして・・・」という軽い動機だったと記憶しています。配分式も持参されていました。
 小一時間が経過し、私が一通り説明し終える頃、ここで予想だにしない質問を受けることになります。〜「これって万葉色役術ですよね?」
 えっ!どういうことなんだろう?... 答えは「YES」に決まっていますが、何故そんな質問を?... と逆に問えば・・・
 「お話を伺うまで “ 占いに毛が生えたようなもの ” だと思っていました ... でも全然違いますよね」~ そんな言葉が返ってきたのです。
 「其処で見てもらった他の人も皆きっとそうですよ」~ こちらの意を察し詳しく教えてもくれました。
似非鑑定士
 貴重な指摘を頼りに活動履歴を振り返ってみると、ちらほらと目に付く占い的なイメージの強い鑑定士ほど、小銭が稼げなくなるに連れ勢いは衰え、他の活動に興味が移ると辞めてしまう。
 そんな傾向ばかりが思い起こされ、お客様からの踏み込んだ質問や講座の申込みに繋がった試しがまったくないことにも気が付きました。
 悪気はなくとも、小さな縄張りにおけるたった数名の鑑定活動が文脈を無視した概念を植え付けてしまい ...「あぁあれね~占いでしょ~色出すやつ」... といった言説を誘いながら鑑定に至らないまま敬遠されてしまう状況を周囲に分布させていたのです。
 鑑定士の技量とは関係なく、仲介役となった影響力の強い人物が好き勝手に喧伝させてしまっても、その場限りの面白さだけが先行し、同じような状況に至ることも分かってきました。
 敬遠したい気持ちは本音ですが、占いを全面否定する訳ではなく、自らの思いとは異なる何かに誤解されることが難儀でした。
 風に煽られ散らばった埃を回収できないように、偽情報と化し拡散してしまった風評を逐一訂正できるはずもなく、そのまま放っとけば風はますます強くなるばかりなのです。
消滅と変節
 自らの教義で世間を埋め尽くすことが最終目的ではないとしても、無自覚な綻びの連鎖によって品格が貶められ、このまま一巻の終わりとなって幕を閉じる。
 そんな懸念が私の脳裏に浮び、同時に、仏教と似通った2つの事例が気に掛かっていました。
 1つ目は、発祥の地「インド」で仏教が消滅してしまったこと・・・
 釈迦がヒンズー教におけるビシュヌ神(三神一体の1柱を成す平安を司る神)の化身と見做されたことが要因の一説としてあるように、万葉色役術も占いであるとの誤解が生じやすい体裁を携えているということです。
 特に、現代版の多神教の祭り 〜 癒しフェスタ的なイベントに参加してしまうと、直ぐに一緒くたになってしまいます。
 2つ目は、伝承の地「日本」で仏教が変節してしまったこと・・・
 日本における仏教発展の可否は問わずとも、ひとつの教えから幾つもの異質な宗派に分かれたように、単純ではない教義をそのまま伝え続けることは難しいということです。
不幸中の幸い
 これらの責任を鑑定士に擦り付ける訳にはいきませんし、ましてや、お客様を攻め立てても仕方がありません。
 全体の管理体制も確立しておらず、全国における鑑定士の布陣も疎らな現状であることを踏まえると、鑑定後の支援体制は万全とは言い難く、基本的な説明を確り伝える方法etc... を含め、本部としての課題や反省材料は思った以上に多く残されているように感じます。
 広めるための戦略に対する配慮を怠っていたこと、これまでになかったものをこれまでと同様に考えていては失敗すること、理想的な伝え方など簡単には見付からないことetc... こんな当たり前のことに気付く契機となったことは不幸中の幸いでもありました。
 流れに任せ一気に広めようと試みていたならば、既に消滅の段階に差し掛かっていたかもしれずぞっとしてしまいます。
本質的な面白さ
 鑑定に連れ添って来られたお友達も「私もいいですか?」と必ず触手が伸びるように、万葉色役術の幾ばくかの有益性と圧倒的な面白さは今日までの実績において重々認知されています。
 ただし、誰かが間違った認識のまま伝えてしまえば、一部の側面だけが伝承されてしまう可能性は否めません。
 使い勝手が他の道具と異なるのであれば、布達活動においても何らかの工夫が必要であり、一過性ではない本質的な面白さを実感してもらうためには、たった今からでも、占いに間違われないための軌道修正 ... 今時の言葉を使うならポスト真実(フェイク)から正しい教義(ファクト)への転換 ... を避けては通れないのではないかと・・・
ウェブサイトの活用
 このような経緯から、規約にも確りと記し、鑑定士に注意喚起を促すとともに、仏教伝来の時代にはなかったウェブサイト(ホームページ)の有効活用を改めて思い立った次第なのです。
 その効力を最大限に発揮させるためには、潜在的に興味のあるお客様を寄り分け、正しい方向へ引き戻す魅力を備えた私(主宰者)の代役(コンテンツ)であらねばなりません。
 昨今のウェブ上に溢れる動向 ... マネタイズ戦略や不特定多数との過剰な繋がりに依拠した集客(収益)との連動など ... 他では成功しても、真似る必要のない手法に目を奪われない手立ても必要になりそうです。
 マハトマ・ガンディー(インド独立の父)〈1869~1948〉の言葉 ...「善きことはカタツムリのようにゆっくり歩む」の如く、今後は、少しずつでも正確に伝わることを願うばかりであり、そんな気概を込めつつ、万葉色役術の公式ウェブサイトはリニューアルされています。
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